デス・オーバチュア
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至高天。 至高の天を意味する名を持つ、空を覆い隠す巨大すぎる浮遊城。 かっては、光皇の居城であり、光皇が魔界を去った後は、主無き、無人の城として、魔界の空を孤独に彷徨し続けるだけのモノと化していた。 魔界の空を支配した、最大最強の魔皇城。 それが今、地上に、神聖王国ホワイトの頭上に出現していた。 「いくら結界が不完全になったとはいえ……お前達ごとあんなデカブツを地上に送り込む……そんなことができるのは……モニカか」 ルーファスは確信を持って断言した。 こんなことができる存在は魔界でも唯一人、次元の門番と呼ばれるモニカ・ハーモニーだけである。 彼女の父親である、空間を支配する魔皇ファージアス、義母である時の女神にして番人リンネ・インフィニティでも、これと同じ現象を起こすことはおそらく不可能だ。 モニカは、こと次元干渉能力においてだけは、魔皇と魔皇妃すら遙かに凌駕する存在なのである。 「モニカは、お前みたいな次元に小さな風穴開けて力を盗み出すだけのこそ泥とは違う、あいつは本物だからな……本物の次元の支配者だ」 「…………」 ルーファスの嘲笑を込めた呟きに、シンは無言で何も答えなかった。 空間、時空といったモノも次元に繋がる現象（力）だが、次元そのものではない。 ファージアスが空間、リンネが時（時空）という現象概念なら、モニカは『次元』という現象概念そのものな存在だった。 彼女の力の前では、一つの世界に人為的に張られた結界は言うに及ばず、世界そのもの異物を排斥しようとする意志すら無力である。 次元……彼女は無数の世界全てを統べるモノであり、一つ一つの世界など彼女の存在の前では塵に等しかった。 「あらあら、あんまりシンを虐めないでくださる、叔父様？ 所詮、得手不得手、あくまで能力の違いなんだから……あたくし達がモニカに劣っているわけじゃないわ。そもそも血統的にはあたくし達の方が……」 「ああ、そうだな、お前らの母親の方が化け物だ。だが、子が父と母の全ての力を継承するわけでもあるまい……お前は暗黒と空間と時、全てを操れるか？ 違うだろう。お前の能力はあくまでファージアスとリンネの共通する能力である空間への干渉の変形、空間に想像を創造する……ただそれだけだ」 「むっ、これでも激レアな能力なんですよ〜」 陳腐とか、自分で自分の能力を控え目に言うのはいいが、他人に軽く思われるのはやっぱり嫌だったりする。 「ああ、レアだ。ファージアスにもリンネにも俺にも難しいことだからな」 難しい……あくまで難しいであり、完全にできないとはルーファスは言わなかった。 「お前らは外見と同じく、リンネよりの能力者だ。ファージアスの力を受け継いだのは、お前らの兄であるあいつぐらいだな」 「クライドお兄様は別格だもの……拳一つで、修羅の王にまで上り詰めた闘神……あたくし達なんかとは格が違うわ……」 「ほう、モニカに劣るのは認められないくせに、あいつにはあっさり負けを認めるわけだ？」 「ええ、だってモニカは妹だもの、姉より優れた妹なんているわけないのよ〜♪」 「なるほど、姉として妹と弟にだけは負けるわけにはいかないってわけだ」 「あ、でも、考えてみれば、妹より劣る姉や兄も存在するわね、セレナやソディなんてあたくしから見たら雑魚だもの〜♪ あははははは〜っ♪」 リューディアはとても楽しげに笑う。 「あたくしが兄と認めるのは尊敬するクライドお兄様だけ、弟は片割れであるシンだけ、そして、妹はモニカだけよ……モニカは半分血が違うけど、セレナやソディと違ってとっても良い子で、そして強いから……可愛いあたくしの妹なのよ〜♪」 問題は血の割合ではないのだ。 例え、同じ父と母から生まれた者だったとしても、力無い者は兄姉と認めない、逆に例え片親が違っても、力有る者は妹と認める……それがリューディアの価値観である。 「さてと、少し汗もかいちゃったことだし、今日の所はこの辺で失礼いたしますわ、叔父様」 「結局、何しに来たんだ、お前は……？」 「……『避暑』かな〜♪」 「ああ？ 避暑だと〜……」 可愛く悪戯っぽく言うリューディアに対し、ルーファスは凄く嫌そうな表情を浮かべた。 「避暑だと！？ 避暑でなぜ人間を殺……むぐっ、うっ！」 「タナトスは少し黙っていてね。人間の価値観は通用しない相手だから〜」 ルーファスはタナトスの口を両手で塞ぐ。 「まあ、美しき野望を胸に秘めつつ、我が従兄弟殿に便乗させてもらった……てところかな♪ じゃあね、叔父様、バイバイ〜♪」 リューディアは、隣にいるシンごと己をマントで包み込むと、手品のように消え去った。 「で、お前は主人について行かなくていいのか？」 ルーファスは一人残っているイヴに声をかける。 「はい、まだ少し用が残っていますので……ああ、邪魔は致しませんのでご心配なく」 「邪魔ね……居られるだけで充分目障りなん……」 「別に構わないだろう？ 観客があんたの女一人じゃ味気なさ過ぎるからな」 「ちっ、やっぱりお前か。至高天は……俺のお古なんていらないんじゃなかったのか、クソガキ？」 「ちょっとした心境の変化だよ。至高天自体は使い道がある良い物だからね」 至高天から青き光輝が……聖魔王オッドアイが降り立った。 「……ん……ぐっ」 「気がつきましたか？」 意識を取り戻したメディアが最初に見たのは、翠色のマントを纏った男か女か判断の難しい人物だった。 メディアは左手で左胸をさすりながら、立ち上がる。 「流石に心臓を潰されると再生に時間がかかるものなの……」 「ていうか、普通死ぬって……」 すぐ傍に、スカーレットと、スカーレットによく似た幼い少女アズラインが居た。 「……スカーレット、何があったの？ わたしは確か、心臓を……」 「この人が助けてくれたの……落ちたり、消されそうになった者をみんな……」 「君は奈落の底に落ちていったし、ボクとスカーレットも危なくアンベルお姉ちゃんに魔皇のついでに消されるところだったよ……まったく、お姉ちゃんは……」 アズラインはアンベルに対しての文句をブツブツと呟いている。 「……まあ、とりあえず礼は言っておくわ、えっと？」 「エルスリード……いえ、セルで結構です。礼には及びません、ついでのようなものですから……それに、流石に巻き添えで消えるには、あなた方も勿体ない存在ですしね……」 「……勿体ない？」 「こちらの話です。では、私はこれで……」 一陣の風が吹いたかと思うと、セルの姿はすでに消え去っていた。 冷たい鎖で編まれた蜘蛛の巣から一羽の漆黒の鴉が飛び立つ。 そして、その場には二人の女神だけが残された。 「魔王達と闇の姫君……そして、混沌も飛び立った……ふふっ……それにしても、聖魔王にも困ったものね……もう祭りは終わったというのに……」 「構って欲しいんでしょうね。あなたの所の息子もそうだったみたいだしね……憎みながらも親に相手をして欲しい……息子なんてそんなものよ……」 「ふふっ、言うわね……あなたは子を産むどころか、宿したことすらないでしょうに……」 悟ったように呟く大地の女神に、三児の母である時の女神がつっかかる。 「まあね、シルヴァーナは若死にな上に、弟のルヴィーラにしか興味がなかったし、クロスティーナ……この体に至っては……」 「……姉を慕うだけで、異性に興味がない……いえ、想いを自覚することもできない子供と言うべきかしら……？」 「ええ、処女の小娘に過ぎないのよ、シルヴァーナもクロスティーナもね……」 大地の女神セレスティナの発言は、自分だけは違うといったニュアンスが強く感じられた。 「ふふ……本当、変わったわね……私の知っているあなたは、あなたの中の二人と変わらない純粋な少女だったのに……すっかり汚れてしまったものね、体以上に心が……」 「いつまでも夢見る少女じゃいられないのよ……恋を……現実を知ってしまうとね……」 自分が純粋でないことを、穢れきっていることをセレスティナは誰よりも自覚している。 シルヴァーナの黒いとはいえ一途な心、クロスティーナの眩しいほどの純粋さ、それに比べて、なぜ自分の心はこうまで醜く歪んでいるのだろう。 「ふふ……でも……だからこそ、一番強いのはあなた……」 セレスティナの心を見透かしたかのように、リンネが呟く。 「……ええ、わたしの心は誰よりも醜く、邪で、淫ら……だから、わたしは誰にも負けない……汚れを知らない処女の小娘達は勿論、あなたの夫……魔眼王にだって、彼は渡さない……」 セレスティナの瞳には暗い情念の炎が宿っていた。 「さてと、とりあえずはあの坊やをどうしようかしら？」 セレスティナは、聖魔王を坊や……どうとでもできる容易い存在のように言う。 「セレスティーナ……いえ、セレスティナ、私は今は聖魔王よりも、異界竜の雛にこそ注意すべきだと思うわ……」 セレスティーナこそ彼女の正しき名、けれど、今の彼女はセレスティナと呼ばれることを好む……紛らわしいので、リンネは自分も彼女のことをセレスティナと呼ぶことに決めた。 「……ああ、そうね……私もそう思っていたわよ……」 そう答えながらも、セレスティナはリンネに指摘されて初めて、異界竜の姉妹の存在を思い出したようである。 「あなたは皇牙の恨みを買っている……皇鱗はドールマスターに体もプライドも傷つけられかなり追いつめられている……今のあの子達はとても危険よ……後先を考えずに、完全体になりかねない……もし、そうなったら……」 「ええ、大変ね、完全な異界竜にはあなたも魔王も多分勝てない……彼と魔眼王と互角……いいえ、もしかしたら……」 「……上かもしれない……もし、あの子達が、異界竜の皇帝と同じ領域にまで達することができるとしたら……」 「そうね……でも、大丈夫よ、アイオーン。だって、あの子（最後の異界竜）は……わたしには勝てないもの」 セレスティナは、無垢な子供のように、クスクスととても楽しげに笑った。 「あん？ なんだありゃ？」 ラッセル・ハイエンドは雪原を走っていた馬威駆を止めると、空を埋め尽くしている巨大すぎる浮遊物を見上げた。 「旦那旦那、あれは至高天って言って、魔皇……光皇の城だよ」 ラッセルの背中に抱きついていたネメシスが解説する。 「へぇ〜、よくそんなの知っているな」 「まあね〜、独り身で世界を放浪した期間長かったからね……実は結構博識なんだよ、あたしは〜」 ネメシスは胸を張るというか、ラッセルの背中に強く押しつけながら偉そうに言った。 「まあ、人生経験の豊富さというか……」 「婆の知恵袋ってやつか？」 「違う！ 酷いよ、旦那！ だいたい、金のなんとかって言って、姐さん女房はいいもんなんだよ、旦那！」 「……何言ってるんだ、お前？」 いきなり、妙なことを言い出すネメシスに、ラッセルは呆れたような表情を浮かべる。 「いや、旦那があたしとの歳の差を気にしているのかなと思って……」 「馬鹿か、お前、いつからそんな話になった……？」 ラッセルは呆れ果てたかのように、溜息を吐いた。 「だってだって、旦那、あたしがどれだけ誘惑しても、ちっとも抱いてくれないしさ……あたしはいつでもオッケイだよ、旦那！ なんならこの広大な雪原をベッドに、大自然で獣のよ……きゃふ！？」 「まったく、お主は盛りのついた雌猫か？」 ネメシスの脳天に大鎌の柄が叩き込まれている。 いつのまにか、ラッセルとネメシスの背後に二人の人物がいた。 「あたしのラヴ＆ピース計画を邪魔するのはいったいどこのどい……げっ、アニス！？」 ネメシスは、猫耳メイド服死神幼女……アニスの顔を見るなり驚愕する。 「ピース？ 平和じゃと？ お主の愛欲まみれな行為のどこに平和などある？」 「じゃあ、明るくハードエロスな家族計……」 「やめい！ まあ、剣（お主）が子を産むのかどうかは少し興味がなくもないが……ふむ、どうやらようやくパートナーを見つけたようじゃな」 アニスは視線をラッセルに向けた。 「……なんだ、このガキは？ 獣人か？」 「ああ、旦那はそっち属性ないんだね。この媚び媚びの格好をした幼女は実は婆……ざばあっ！？」 大鎌の柄が、ネメシスの右頬を容赦なく殴り飛ばす。 「お主にだけは言われたくないわ！ お主ら、神剣はこの世界誕生以前の存在であろうが、いくら儂が齢を重ねているとはいえ、あくまで儂はこの世界の人間、お主に比べればピチピチじゃっ！」 「……ピチピチ……だからそういうセンスが年寄り臭……」 「黙れ！」 アニスは、背後のクライドの向こう脛を思いっきり蹴り飛ばした。 「ぐぅっ……」 クライドが向こう臑を抱えて蹲る。 どんなに強大な存在だろうと、人間の肉体を持っている以上、油断している時に泣き所（急所）を蹴られたら痛くないわけがなかった。 「まったく、最近の若い者は……むっ？」 アニスは、初めて気づいたのかのように、ラッセルとネメシスの『乗り物』に視線を止める。 「ほう、よくこんな骨董品（アンティーク）が稼働しておるのう！ うむ、しかもこれは初期型の………」 「おい、ガキ、俺の馬威駆に汚い手でベタベタと触……」 「おおっ！ スカイとライトの機能も生きておるではないか……うむうむ〜」 アニスは、ラッセルの非難など無視して、馬威駆を弄り回していた。 「何なんだ、このガキは……ああ？」 馬威駆が突然青く発光しだしたかと思うと、今までとは違う心地よい排気音を奏で出す。 「よし、これ完璧じゃ！ さあ、お主、儂をあそこへ連れていけ！」 アニスは遙か空の彼方に浮かぶ至高天を指差した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |